推し活修行 ~田中圭さんを深く静かに推す~

映画・演劇・本(乱読)が好き。田中圭ファン。圭モバプラチナ会員。

あなたのためを思って

「推し、燃ゆ」という小説が芥川賞を獲った時、凄い時代になったものだなぁと感慨深いものがあった。今の世の中、推し活はある程度市民権を得ていると思う。芸能人に限らず推す人物のジャンルは多岐にわたり、推し活が人生を生き抜くためのエネルギーになっていることを理解してくれる人は昔よりずっと増えたように思う。昔は歌手や俳優に夢中になる人を指す「ミーハー」という言葉があり、そこには僅かに馬鹿にしたような響きがあったのだ。

まだ学生だった頃から憧れる俳優さんは沢山いたが、本格的に某アイドルに夢中になりファンクラブに加入した時は既に社会人になっていた。当時ファンミーティングはファンの集いと呼ばれ、海外旅行を兼ねて開催することも珍しくなかった。そのツアーではツーショット写真を撮影することが目玉企画になっており、私は初めての海外旅行をそれで経験し、推しとのツーショット写真を常に持ち歩いていた。職場内で特に吹聴したわけではなく、訊かれれば答えるという程度で推しの名前を出すことはあった。ミーハーだから仕事が出来ない、とは絶対言われたくないという思いが強く、仕事は人一倍頑張った。そうすることが推しの名誉を守ることなのだと思っていた。

ある夜、仕事終わりに三人の同期から晩御飯を一緒にという誘いを受けた。年齢も出身も部署もバラバラで特に親しいわけではなかったが、数少ない同期の誘いを断る理由は特になかった。ビルの地下にあるハンバーグ専門店でとても美味しいハンバーグを食べた後、三人は本題を切り出した。忠告と称し私に推し活をやめるように迫ったのだ。「あなたのように頭が良くて仕事も出来る人が、アイドルの話をして馬鹿にされるのが耐えられない」と彼女たちは言った。つまらないお世辞を交えて。私は唖然とした。そもそも入社して一年も経っていない私の何がわかるのか?仕事が出来ると言ってもらえるほどの成果は挙げていない。それに、何より私は他の同僚や上司に馬鹿にされているような実感は全くなかった。仮に陰でそういうことを言っている人がいたとしても、私の仕事には何の影響もなかった。彼女たちは「私達はあなたのためを思って言っている」と繰り返した。それは私のためではなく、私と同類と思われたくない自分のために言っているのでしょうと私は思った。言い返すだけ無駄だと思い私は黙って聞き続けた。最後に「やめるつもりはない」と宣言して会はお開きになり、気まずいままで解散した。それ以後も私は自分の生き方を変えなかったが、それに関して会社で嫌な思いをすることもなく、その後ウン十年働き続けた。彼女たちは2~3年で辞めたが、そんなことはもうすっかり忘れているだろう。大昔の話である。